"バケーションの何が素敵かって言ったら、スケジュールという縛りから解放される事よ。
普段の私のスケジュールは朝から晩までぎっしり。
でも、バケーションの時は、そのスケジュールを一切忘れるの。"
(The thing I love most about going on vacation is that I get to leave behind any kind of schedule. My entire life is scheduled from morning to night, and when I'm on vacation, there is no schedule.)
ケリー・クラークソン(アメリカンアイドル初代チャンプ)
バケーションは非日常と同義なので、効率を重視するスケジュールを立てるのは粋ではない。
心の底ではそう思っているのだが、僕は貧乏性で朝から晩まで、どこに行って何をするか、というのを事前に決めておくタチだった。
次にいつ取れるかも分からないせっかくの有給休暇を有意義なものにする為には、分刻みのスケジューリングが大事だ。
南の島に遊びに行って、最悪雨だった場合のプランBまで考えていた。
ところが、その通りに進んだ事が無い。
何故なら、バケーションの開放感から、大抵前の晩にガンガン深酒をしてしまうので、当初の時間通りに起きられた試しがないからだ。
そうやって、有名無実と化したバケーションスケジュールを前に、中途半端な消化不良の中で有休を消化するようなものが僕に取ってのバケーションだった。
それでも、そういういい加減さもバケーションの楽しみには違いなかった。
かつて働いた会社の香港支社にサーファーのブラジル人がいた。
彼とは電話会議の度に怒号に近いほぼケンカなやり取りをするような仲だったが、彼が出張で東京に来た時には10年来の友人のように酒を飲んだ。
彼を恵比寿にある行きつけの立ち飲みワインバーに誘い、サーフトリップの為に一年仕事を休んだという話を聞いた。
南アフリカとインドネシアを中心に旅をしたらしいが、日本ではそういうサラリーマンが皆無なので、非常に羨ましかった。
彼は、そういうバケーションを定期的に取る事で、自分が生まれ変わる事が出来ると言っていた。
「お前はどうしてやらないんだ?」
彼は、そういうバケーションを定期的に取る事で、自分が生まれ変わる事が出来ると言っていた。
「お前はどうしてやらないんだ?」
そいつの全身からは「オレはオレの為の人生を生きてます」オーラが滲み出ていた。
一年のバケーション、という響きは文字通り腹に響きまくってしまった。
いい歳のオッサン(僕と同い年)が、平気で一年(仕事)を休み、また金を稼ぎにサラリーマンに戻る、という世界では自然のスタンスが、なぜ日本では自然ではないのだろうか。。。
数日したら元の現実に戻るような「有休消化」(消化って変な言葉だ。)ではなくて、人生が変わるようなドラマチックなバケーション。
数日したら元の現実に戻るような「有休消化」(消化って変な言葉だ。)ではなくて、人生が変わるようなドラマチックなバケーション。
キムタクと山口智子のドラマの世界だけしか起こらないと思っていた世界が、目の前にいるブラジル人が出来てオレに出来ないはずが無いという確信に変わったのだ。
40過ぎて、ほとんど何も計画を立てないような長期のバケーションを取るというのは、エキサイティングなアイデアだが、不安が無い訳ではなかった。
いや、頭のネジの5、6本を外すような作業が必要だった。
いや、頭のネジの5、6本を外すような作業が必要だった。
それでも、そう言う事が出来るのは40代の前半である今でしかないという思い込みもあった。
何となくだが、将来老人になってリタイアした後のバケーションでは、そのバケーションから得るかもしれないインスピレーションをその後の人生に活かす事は出来ないのではないか、と思ったからだ。
(そんなことは無い、という人もいるかもしれないし、いくつになってもインスピレーションを得ていたい。ただ、実際老人にはなったことがないから正直分からない。)
サラリーマンである事の疑問がどうしようもないくらいに高まった44歳の春に僕は会社を辞めたのだった。
3歳の息子と妻を道連れにした、ロンバケがこうして始まった。
To be continued.
長いので次回に続く。
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