Koy's blog

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2015年8月31日月曜日

行動すれば、やがて世界は動き出す。80年代の夏休み。

自分が行動をすれば、やがて世界は動き出す。


僕が最初にその事に気が付いたのは、16歳の夏休みだった。

きっかけは、もちろん「ナンパ」だった。

それまでの僕はどちらかというと、「ナンパ」をするタイプじゃなかった。

もちろん、女の子には興味があったし、付き合ったりした経験もあって、奥手なタイプじゃなかった。

むしろ、ダサいくらいに「クール」ぶっていたのだ。

おちゃらけて、女の子に声をかけるようなグループにいながら、自分では動かないタイプだ。

意を決した誰かが女子グループときっかけをつくる。
幾多の恥ずかしい思いを乗り越えた結果のご褒美として、女子達となんとかお知り合いになる。

その後になって、ようやっと僕は女の子が気になるような雰囲気を醸し出す事に注力するのだ。

マーケティングで言うところのポジショニングのテクを駆使して、存在感を出す事に持てる全てのエネルギーを使っていたのだ。


この作戦は結構Workして、他の男子がアホ丸出しな宴会芸をしている横で、「なんか、あなたって違うね」とか言われることになる。

僕はうそぶく。

「そんな事無いよ。オレには(ナンパしたり、宴会芸する)勇気が無いだけなんだよ。」とかほざいて、女子にこの人は硬派なんだ、彼女になったら大事にしてくれそう、みたいなことを二人に一人の確率で思わせる事に成功していたのだった。

なんということだ!!
一番最低なのは、まさにそういう男だ。

硬派を装う軟派がこの宇宙で一番信用出来ない!

もし僕に将来娘が出来たら、そういうナンチャッテな硬派なハレンチ野郎は一発で見破ってやる、とか後に考えるようになった。

20年後に生まれたのは息子だった。

ところが、16歳の夏につるんだ御ボツ(金持ちのボンボン)は僕の上を行くクール野郎だった。

当然だが二人でいても何もイベントが起こらないのだった。

貴重な10代の夏休みだってのに!

このままでは、友人の家で笑っていいとも!を見て、都営プールに泳ぎに行って、そいつの兄貴から譲り受けた何万冊もの(そう見えた)漫画を読みふけり、機密ルートからゲットしたエッチなビデオを見て夏休みが終わってしまう!

夏に若い男女が集う場所(当時はディスコとかイケてる連中が企画したパーティーだったが)で年中雑誌に載ってるようなイケメン高校生でもなんでもない、クール気取りなただの男二人なんて、面白くもなんともない存在だ。

(幸いニキビ面ではなかった。ツルんとした頬っぺたのカワイイ高校生だった。)

とにかく、彼にはまだ別荘とか、父親名義のヨットとかのネタがあったが、僕にはオヤジからもらう株主優待の映画のチケットくらいしかない。

これは、まさに「今そこにある危機」だった。

クライシスマネージメントとは、危機を回避する為にあらゆる可能性にチャンレンジすることだ。

すなわち、行動するリーダーシップのことだ。
そう主人公のジャック・ライアンは教えてくれたじゃないか。

という事で、今までの座してエサを待つ、という態度を改めた。

一向に動こうとしない友人の間抜けな横面を見ながら思った。

何かを待っていては何も状況は変わらない。
こいつには、別荘とヨットがあるが、オレには何もないじゃないか。 

そういうこともあって、僕はおちゃらけなナンパ担当としての明確な意志をもってプロジェクトに臨む事になった。


変わるのは自分だ。
イノベーションとは考えながら行動することだ。


やってみれば「ナンパ」ほど奥が深いものはなかった。
代ゼミの夏期講習よりも10代の僕にとっては勉強の場であり、修練の場になった。

何しろ、「失敗」が前提の行動に他ならないからだ。
「失敗」は「ナンパプロジェクト」においてはデフォルトだ。
化学者の実験室みたいなものだ。

僕にとっての実験室はディスコやパーティーだった。

無視、ならまだいい。
中にはハエを見るような蔑んだ眼差しを向ける女子もいる。

正直ヘコんだ。
プライドがズタズタになるとはこのことだ。

少なからず、女の子から告られた経験を持つオレがこんな目に遭うなんて。。
(小学生の時の数回と中学の時の1回だけだ。)

ナンパは効率が悪い。

世の中に「ナンパ」が好き、という女の子は皆無だ。
逆に「ナンパして〜!」みたいな女子達を僕たちは敬遠していた。
随分勝手な話だが、しょうがない。


後で聞けば、僕の別の友人達は、キレイな女の子が集まるカフェみたいなバイト先や、女子大生が読モをしてるような雑誌の雑用係みたいなバイトを戦略的に選んで夏休みを有意義なモノにしていた。

彼らは戦略的な行動家だったのだ。
当然、優れた戦略家は競合である僕らにはそういうオイシイ話を作戦実行中はシェアしない。

僕は残念ながらそこまでの戦略家ではなかった。

言うなれば歩兵だ。
前線で失敗を恐れていては、前に進む事が出来ないのだ。


失敗が前提だとしても「行動」を起こさなければ、なんの展開も望めない、そう悟った16の夏だったのだ。

失敗は当然、フィードバックして次回に活かす。
最後の方は、心理学の本まで読むようになった。

とにかく尾崎豊の「十五の夜」、みたいなストイックな感じでは何も産み出す事はない、と確信したのだった。

あれ?ちょっと待て。

本当は、広告代理店に20年勤務した僕が、何故会社を辞めてハワイで住む事を決めたのか、行動することでどう世界が変わるのか、ということを書きたかったのが「ナンパ」の話になってしまった。

せっかく書いたので、このまま続けてしまうことにしよう。

この夏の自分イノベーションの結果は目覚ましいものがあった。

幾多のミッション失敗の後、カッコつけで買った6つ穴式のスケジュール帳の電話帳欄は十数人もの女子の電話番号が並んだ。
(当時は携帯電話というツールがなく、家の電話のみだったので、女子の両親のいずれかと最初に話すと言う難所もあった)

何人かとは、個人でもグループでも遊びに行った。
80年代後半の華やかな雰囲気の中で、高校生に出来る精一杯の合コンも企画した。

ほんのり甘酸っぱい思いもした。
「笑っていいとも!」は日曜日の増刊号で見るようになった。

妙にクールぶって自分を作る事も無くなった。
青春っていいな〜オレ今ど真ん中だなぁ、とか素直に思えるようになった。



Credit: flickr Quentin Meulepas





ストリートスマート、という言葉を思い出す。

机上の空論なアカデミックな理論より、実地での経験を積み重ねる事で実践で使える知識とスキルを得る、みたいな感じだ。


結局、これも自分の「行動」の積み重ねによって、得られる自分なりの「知見」ということだと思う。

たかだか、「ナンパ」だ。
しかし、されど「ナンパ」だったのだ。

今、この歳でさすがにナンパなどしないし、したら「ど」が付く変態だ。

ただ、あの「自分で動かなければ、世界は止まったままだ」という感覚は今も心の奥底に宿っていると気が付いた。


16歳のあの夏、僕がクールぶって行動をしなかったら、愉快で痛快でそしてちょっと切ない夏休みは、きっとやってこなかっただろう。

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2015年8月29日土曜日

レストラン業界はクリエイティブアイデアの宝庫である

ここ数年、コミュニケーションの手段としての「広告」は「クリエイティブ」としてその役割を終えた、とすら感じている。

それは、「テレビCMからデジタルへの移行のことか」、というのとはちょっと違う。

前から思っていたのですが、最近特に、

日本で最もクリエイティブな業界は飲食業界

ではないかと思っているのだ。

コミュニケーションにおけるクリエイティブを売りモノにする広告業界出身の僕はそう思う。


もちろん、飲食業界は広い。
ひとつの業態を見て論評できる世界では当然ないだろう。

オヤジがやってる古くからのシンプルな支那そば屋、ブラックの代名詞となってしまった某居酒屋チェーン、
ミシュランの三ツ星がつくようなレストランまで様々だ。


僕はグルメではない。


僕の舌は、ビジネスクラスの機内食であれば、「美味い!」と言ってしまうレベルだし、
牛丼チェーンを愛用してるのは、安い、便利、以外に「マジに美味い」とか思っているからだ。

そもそも、お酒の種類も含めて好きな食べ物を聞かれると答えに窮してしまう。


その場のタイミング、雰囲気で僕の舌の感覚は大きく左右されてしまうからだ。

かつてミシュランの星がついたレストランに顧客の接待で行った事があります。
その客とのトークは信じられないほど気を使うものだったので、その店の料理の印象も味気ないものになってしまった。


お客と別れた後に行った床が油でギトギトなラーメン屋の豚骨の美味さは身に沁みた。

真冬のどうしようもないくら寒くて、孤独な夜、みたいなシチュエーションで吉幾三かなんかが流れている客の少ない居酒屋のカウンターで飲む熱燗は最高の味がするだろう。


素敵な割烹料理屋で素敵な女子と飲む獺祭より美味いかも知れない。(これは嘘だ)


「食」というのはダイレクトに人間の「本能」や「感覚」に直結している。


だから、同じ質の料理を出しても、その雰囲気や、レストランの持つストーリーによっても客側の体験が変わってしまう。


もちろん、客サイドの経験も大きく関与する。

究極のワインといわれても、自分の舌が数多くのワインに親しんでなければその価値は恐らく分からないだろう。

そういう、「感覚的」な舞台で勝負して「リアルビジネス」を展開しているレストラン業界というのは、まさに圧倒的に大変だし、常に客のポジティブな、もしくは理不尽な評価にさらされている。

今はネット社会なので、エセグルメみたいな素人からの評価にさらされる。

雰囲気も抜群な店も90年代後半から圧倒的に増えて、今でも留まる事を知らない。


熾烈な競争社会だ。

そこでは、いくつもレストランを展開する企業も個人も同じ土俵で勝負している。


(そういう意味では、超大手二社に独占されている広告業界より健全でフェアだ。)

しかも、東京だけに限らず日本の外食は基本的に美味しい。


僕の舌はグルメではないが、やはりオフクロに「出汁」の味を仕込まれたせいか、「マズイ」ものは即座に分かる。

アメリカは、申し訳ないが本当にマズイメシ屋が多い。


「美味い」という評判のイタリアンでも日本の街の喫茶店のママがつくるミートソースやサイゼリヤの方が100倍ウマい場合だってある。


というか、その方が圧倒的に多い。(あくまでもオレの舌調べ)

日本ではマズかろう安かろう、という原則が急速に過去のモノになっている。

安くても抜群にウマい所が一杯あるのだ。
その中で、競争し、かつ客単価を上げて利益を出すのは生半可な努力では無理なのは、グルメな舌を持たない僕でも分かる。


飲食業界にとっては大変な時代だ。

僕はこんな時代にレストランビジネスを展開している諸兄諸氏の皆さんを心から尊敬している。

お客さんが満足する空間を作り、心地良くし、さらに「食欲」という本能を満足させるメニューとレシピ。


そこにあるのは、


「感覚的な顧客体験」と「リアルビジネス」のマリアージュだ。


これこそがクリエイティビティと言わずして何と言うのか分からない。

そこでは「味の体験」はデフォルトだ。

さらに「ストーリー」「世界観」「顧客を裏切らないサービス」の確立が必要なのだ。

さらにリピートしてもらうには「常に期待を上回るサービスを提供」することが求められる。

それはクリエイティビティへの挑戦だ。

クリエイティビティとは「問題解決への態度」だと僕は定義している。


そしてクリエイティブとはすなわち「ソリューション」の事。






人間の究極のニーズである「食欲」へのソリューションを常に考えているレストラン業界には示唆が多い。

何度も書いて恐縮だけれど、既にこの時代、オールドスクールな「広告」はブランディングにおいては全く頼りにならない。


ブランディングにおける「問題解決」の示唆の多くが「レストラン業界」に多く存在している。

マスメディア以外の個人や街がメディアになり得るのは、既に確証済みだが、果たしてその方法を探るのは簡単ではない。

その点で、レストラン業界の動向やチャレンジは「広告」に頼らないブランド創りにおいては大いに参考になるのである。


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2015年8月4日火曜日

旅の終わりと始まり。

暑い!暑過ぎる!


予想はしていたが、これほどとは。


生粋の東京生まれ昭和歌謡育ちで、近年の酷暑を何度も経験していたのに。


カラダは優し過ぎるハワイの気候にあっという間に順応してしまっていたのだ。

ハワイを拠点として生活した2年間をひとまず終了したのだった。


東京に戻って来た。

8月の東京はもはや体中の骨が溶けるような暑さだ。

それでもハワイでは聞くことの無かった蝉の大合唱を聞くと「ああ、これがまさに夏だ」と実感する。


ハワイはエンドレスサマーで信じられないくらいに幾つもの素敵なビーチに囲まれて過ごしたが、潮の香りはあまりしない。

たかだか2年のハワイ暮らしでは、いまだに僕にとっての「夏」の感覚はこれなのだった。


このセミ騒音、もとい、蝉時雨とアジの開きが干してあって潮の香り満載な漁港が日本の夏なのだ。(いや、東京にそういう景色はあまりないが。)



ビジネスと子供の進学のリアリティ



ベースを東京に戻す決断をしたのは、5月末だった。


ビジネスをどうすべきか、子供の学校は?

ハワイでユルくなってしまった脳みそを酷使して、この先の人生を考えたのだった。

商売繁盛と子供の小学校進学というのが現時点で僕らファミリーにとっては二大プライオリティだった。

もともと、息子が小学生になる時には日本に戻ることを前提と考えていたようなロンバケ状態だったのだが、
現実的にハワイ、というか外国で暮らして行く中で、様々な選択肢を考えるようになった。


ビジネスもその日暮らしではなく、今後の色々な展開を考える必要があった。

もっと自分のスキルを活かすには、もっと大きくて、かつセグメントされた市場が必要だと実感していた。

ハワイでも出来るには違いない。
だが、もともとナマケモノの僕には、ハワイは優し過ぎる。
東京という都会の刺激もなくてはならないと良く分かった。

もちろん今は、ネットを使えば世界中どこにいてもある種の仕事は可能だ。

それでも、リアルに人と接する方が何倍も早く仕事は進行するし、信頼関係の構築も楽チンだ。

そして5歳の息子の学校だ。


ハワイのプライベートスクールへの進学、コストがほとんどかからないけどレベルの高いカリフォルニアの公立学校なんかも真剣に考えた。

LAには実際に行って、めぼしい街から街へ車を走らせて生活するイメージを浮かべたりしてみた。


マンハッタンビーチには真剣に住みたいとか思っていた。

当然、予算が全然足りない、という現実には目をつぶった上でだ。 


ハワイは人種が程よく分散している。


まさに子供の頃からダイバーシティを味わうには適した環境でもある。

とは言え、ハワイで私学に通わせるにはとんでもないお金がかかる。

高校卒業までに私立大の医学部の子供が10回以上留年するようなコストがかかる。

しかも日本語の学校とのダブルスクールとなると、とうぜんコストもダブルだ。

僕らファミリーは日本人だ。
家での会話は当然だが日本語だ。

僕も英語での会話には不自由しないが、普段の思考は当然バリバリに日本語でしている。


日本語はひらがな、カタカナ、漢字という3種の文字が存在する、という世界でも類を見ないほどトリッキーな言語だ。

そういうトリッキーな言語を息子が習得する上で日本語スクールだけに任せるのはリスクに思えた。


しかもハワイにある日本学校の場合は、土曜日に日本の学校の一週間分の勉強を詰め込むらしい。

もし、息子が僕に似て勉強嫌いだったら、ハワイは楽園ではなくて、地獄になってしまう。


そして親もそれに付き合うのだ。
無理だ。

いや、これからはグローバルな時代なので、日本語が変でも英語が出来ればいいじゃないか、みたいな考えは僕は持ち合わせてはいなかった。

僕らは移民をした訳ではなかった。

周りには、新一世というか、ハワイで骨を埋めるべく、そういう覚悟を持って移住した人達もいた。


皆、日本人の誇りを持ちながらハワイを愛していた。
そしてハワイのライフスタイルを謳歌していた。

そういう人は、親の母語と子供世代の母語が変わるかもしれないことへの覚悟を持っていた。

僕はそういう覚悟を持っていなかった。

また、ハワイに限らず海外で生活していて小さな子供がいる家庭では日本語の学習に色々苦労している人達もいた。

特に両親の片方がノンネイティブな場合は、日常の会話は英語が主体になるようだ。


分かりやすく言うとパパがアメリカ人でママが日本人みたいな場合だ。

最初は第二外国語として日本語を子供に教える。
ママは必ず日本語で話すように心がける、みたいな。

それでも高学年になると日常で必要のない「日本語」を勉強することの意味を子供自身がが見出せなくなってしまう。


モチベーションがダダ下がり、と聞いたこともある。

日本語ネイティブの方の親(まぁ、圧倒的に母親が多そうだが)が諦める、というパターンが多いみたいだった。

ウチは、双方日本人なので、家では日本語を徹底すればいいだけの話かもしれないけれど、やはりトリッキーな日本語をネイティブにするのは、環境は重要だと思ったのだ。


しかし、ここは誤解されないように書かなくてはいけない。



ハワイの親しい日本人ファミリー中でも子供がハワイ育ち、というファミリーは多い。


大きくなった子供も、米語も日本語もバッチリ完璧なバイリンガルも多いことは書いておくべきだろう。


トリッキーな日本語を敬語含めて完璧に駆使している人など沢山いる。


芸能人を見ても、長谷川潤とかスミレとか英語も完璧なら日本語も完璧でしかもセクシーでチャーミングだ。


要するに、この話はどっちが良くて悪いという話ではない。
単に、家族と言う単位での価値観の話でしかない。


そういう、自分自身の価値観とコストと言語環境と教育の中身、今後やって行きたいビジネスの展望、今後の人生のイメージ、ハワイの最高な天気とビーチ、東京の憂鬱でジメジメ感炸裂な夏、というprosとconsをグチャグチャにミキサーにかけて、ぽんと出て来た答えが「東京ベースの生活に戻ろう」というものだったのだ。

もっと言うと、ハワイは楽園過ぎるのだ。

子供がずっとそこで育ってしまうと、東京や都会にアジャスト出来ないんじゃないか、という心配もあったのだ。


僕が東京で育ったからこそ感じる外部者目線での「ハワイの価値」というのを共有出来なくなってしまうかも知れない、とか考えてしまった。

とは言え、まぁ、そういうのも人による。

ハワイ出身でLAでバリバリに都会人しながら、エグゼクティブなビジネスライフを送っている僕の元同僚のアメリカ人とかも存在する。


しかも、ここで育った少年は今や合衆国の大統領だ。

結局、親である僕らの勝手なジャッジには違いない。



この素晴らしきビーチを忘れるなよ。
そして日本にも有数のビーチが、しかも関東にもあることをこれから知るのだ!


人生のほぼ半分をハワイで過ごした5歳の息子にとってこれから日本で送る学校生活がベストであるように環境をセットアップするしかない。


というわけで、秋以降からの展開を考えた時に、ベストなタイミングというのが、はたから見たら天国から地獄へ来たのかのように思える、灼熱・酷暑の極み、な8月の東京だったのだ。


そういえば、ある外資系企業では東京に海外から赴任する際に、熱帯地方とかそういう所に赴任するのと同じような「酷暑手当」が出ると言う。



それを聞いた当時は、なんだよそれ、とか思っていたが、マジで誰かに手当してもらいたい。



身体機能が楽園仕様になってしまっていて、帰国一週間経っても毛穴が開きっ放しで、ペットボトルの水を手放すことが出来ない。

とは言え、愛する故郷の日本だ。


ライフチェンジングで行動を是とする人生の旅はこの東京でもきっと続くのであった。


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2015年7月9日木曜日

日本の夏。中年の夏。そう「恋は、遠い日の花火ではない」のだ。

伊勢丹新宿店本館のビアガーデン「夜空ノ庭」がいい感じみたいだ。

僕が尊敬して止まない先輩が経営する会社が運営しているということで、その存在を知った。

そのテーマは「和」だ。

わしくはこちらにリンクを貼っておこう。

色んなイベントがあるようで、その中でも僕の目を引いたのは


「日本の夏、日本の恋」
というキャッチがついた「浴衣イベント」だった。




これのリンクはこっち。。

大きなお世話だが、このキャッチコピーが「日本の恋」だけだったら、全く意味不明だったろう。

この言葉の前に今までキンチョーが独占していた「日本の夏」をバシッとくっつけることで、俄然コピーとしての情緒が高まっているのだ。

夏、浴衣、和なビアガーデン、そしてほろ酔い気分。
そして、かすかな恋の予感。

まさにニッポンだ。
ニッポンの夏だ。
ニッポンの花火だ。

控えめなのに、情熱を奥底に秘めたニッポン情緒にあふれたひと夏への思いが伝わって来る。


まるで肌の露出が少ないのに色気漂う浴衣の女性のようだ。

夏のフロリダのビーチで、セクシーな女子大生達が薄いTシャツに水をかけられて「ヒーハー」「ヒャッホイ」と繰り広げられるウェットTシャツコンテスト。。


みたいなアグレッシブさからはまるで遠い。


濡れて透けた胸元を大胆に見せびらかすウェットTシャツ vs. 胸元のあわせをスッと直すしぐさが小粋な浴衣。


僕の好みは、もちろん・・・。両方だ。

そして、花火は夏の恋のメタファーだ。


儚く散る運命にあるけれど、パッと真夏の夜空にひと夏の夢を描くのだ。

きっとその恋は、成就することがあってはならない。
一瞬の幻であって欲しいのだ。

桑田圭祐が歌う夏の恋の歌も大抵「ひと夏」で終わっている。

厳しい冬をとても越えられないような、短命かつ儚く脆く、そして情熱的なものであって欲しいのだ。

だからこそ、切なく、記憶に残り、また巡って来る夏への想いが募ってくるのだ。

ところが、歳を重ね、いつしか、ひと夏の恋は、遠い過去のイベントとなる。

そして思うのだ。
「あの頃は良かった」と。


この「日本の夏、日本の恋」そして「夜空ノ庭」というひと夏のイベントを聞いた時、僕が思い出したのはひとつの秀逸なコピーだった。



「恋は、遠い日の花火ではない。」


Credit: サントリー オールド広告ライブラリー


サントリーオールドの20年も前のCMの名コピーだ。


小野田隆雄氏という広告界の大御所であり希代の名コピーライターのコピー。


告白すると、当時20代前半だった僕には全くもって意味の分からない物だった。

このコピーは当時もかなり話題になった。


支持したのは、当時50代手前の団塊の世代の人達だったと思う。


彼らが商品のターゲットでもあった。

CM自体も、中年の星、長塚京三さんが出演し、20代の女性から想いを寄せられる設定だった。

さっき、僕には意味が分からなかった、と書いた。

正直に言おう。

「中年のオッサンの夢と幻想」を描いた下らないコピーだと実は感じていたのだった。


若いオネエちゃんから想いを寄せられる中年なんて、幻想以外なんでもないじゃないか!

くたびれたオッサンならオッサンらしく、今の現実を生きてくれ。


いつまでも若いつもりでいながら、俺たち20代の前でオールドを飲みながら説教、自慢話をしないでくれ、とか思っていたのだ。

ところが、自分も50代まであと数年という所まで来て、20年以上も前に見たこの広告のコピーを思い出してしまったのだ。


そしていかに素晴らしい名コピーだったのかやっと理解することが出来たのだった。

40代から50代というのは世間的にはミドルエージクライシス、中年の危機に陥るお年頃だ。


全然若くもないが、リタイヤするほどジイさん、バアさんにもなってない。

かと言って、やみくもに自分の夢や可能性だけを信じて突っ走るのは現実に抱えている物が多過ぎる。

そして、今や自分が何者であるか。
もっと言えば何者でも「無い」というリアリティに気付いてしまった年齢でもある。

それでも、毎日を生きなくてはならない。
せっかく生きるのならポジティブに生きたほうが断然いい。

そういう時に「恋は、遠い日の花火ではない。」は響きまくる。

若き日々に感じたパッションは、決して遠い過去の物ではない。
今、もう一度燃え上がらせることが出来るものなんだ。

そうこのコピーは教えてくれている。


自分の中に、もう一度感じるかすかな灯火。

そのかすかな灯火が、あなたの情熱の炎を再燃させるのかも知れない。

その気配を少しでも感じてみよう。
自分の中の情熱を。
花火のような情熱を。

若かりし日々に一度でも自分の中に「花火」を見たことがあるのなら、ミドルエイジになって見る「花火」の性質はきっとあの頃と違う物だろう。


それが、仮に幻想めいたものであっても、それがどうした!


自分が「何者でも無い」なんて本当か?

あなたは、30年、40年、50年生きて来た自分自身のストーリーを持っているはずだ。

そっちが本当のリアリティだ。


「オレは、ワタシは、他の誰でも無い、自分自身なんだ!
自分の中には、まだ情熱の炎が燃えている」と気付くのは素敵なことだ。

そして、満足げに冷えたビールで喉を潤すのは至福の時間だ。

とここまで書いて、サイトを見てみたら、このビアガーデン、ビールの提供は何とサッポロビールだった!


とういうか、ほとんどサントリーの回し者みたくなってしまった。

サッポロさん、すみません!(汗)
ここはフェアに、サッポロの名コピーで終わりにするとしよう。

そうです、この夏「男は黙ってサッポロビール!」

皆様、よい夏をお過ごし下さい!


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2015年7月7日火曜日

その日は突然に来る。準備は出来ているか?


賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ


有名なビスマルクの言葉だ。

僕は愚か者の代表選手なので、意識して他人の経験(歴史や書物)を頭に叩き入れようと努力している。

そしてそこからのラーニングをなんとか行動につなげようとしている。

それでも、「自身の体験」にまさる「学び」は無いな〜とか思う事が多い。

本は読んだ時だけ、ふむふむと共感し、感銘を受けるものの、恐らく得た知識の10%も身についていないのではないだろうか?

本をいくら読んでも、実際に行動しなくては身に付かないし、ただの乱読は時間の浪費だ、ということも最近分かって来た。

「愚者は基本的に経験から学ぶが、なんとか歴史(他人の経験)にも学ぶ事を意識しよう。」

みたいな感じで意識するしかない。

ところが、唯一自分の経験が活かされないカテゴリーがある。

それは「自分の死」だ。


自分が死んだら一巻の終わりだ。


つまり「死」というものは他人の経験からしか学べない代物なのだ。

しかし、自分の「死」をイメージするのは難しい。

きっと明日もある、とぼんやり思って日常を送っているからだ。

下血して意識を失い、ERに担ぎ込まれて輸血をして何とかサバイブしたような経験を持つ僕ですら、数年経ってしまうと、あの時ほど「自分の死」というものを意識しなくなる。

なんとなく、平均寿命か願わくばそれ以上の人生を全う出来るんじゃないか、という感じで生活している。





そんなのは幻想だ、

と、この若き外科医はこの自著で述べている。


ヒトの「死」は大抵突然に訪れる。


突然、何の前触れも無く、余命を宣告される。

日本でもトップレベルのがん・感染症センターの外科医として忙しく働く彼は、予期せぬ余命を告げられて、動揺し、運命を呪いながら最後を迎える老若男女と現場で接している。


毎日毎日だ。


日常的に人を看取っているのだ。
それも、医師として葛藤を抱えながら。

よく考えなくても一般人にとっては日常を超越した日々だと分かる。


「若造の外科医である自分がなぜ、『死』に関する著書を書こうとしたのか」


彼は自著でこう述べている。

「自分が医者としてのキャリアも浅く『達観』できないからこそ、いちいち傷つき思い悩んだからこそ、感じるものや見えるものがあったのではないかと思っています。」

この一文が彼の初めての著書である本書を説得力のある物にしていると僕は思う。

毎日毎日、人の死に向き合うなんていうのは、この平和な日本で恐らく彼のようながん病棟みたいな所で働く医師と看護師のみなさんくらいだ。

熟練の医師になれば、恐らくそういった現状を受け入れる訓練と言うか、慣れによって自分のメンタルを保つ事が出来るプロになってるはずだ。

彼はまだ8年目だからこそ、非常にピュアな思いで、患者さんの死に向き合わざるを得ないのだ。


そして、自分の経験を通じて、「死」を意識して欲しいと読者に訴えかける。



彼のメッセージはシンプルだ。


「人に死は必ず訪れる。

それも恐らく突然にだ。
だから、今出来る事は今しよう。
明日シアワセになるのではなく、今日シアワセになろう。
その為には少し「シアワセ」になる為のハードルを下げたっていいじゃないか」

と言う風に僕は受け取った。


そして「後悔するように生きろ」とも言う。

(その意味は是非著書で。。) 

最後に、僕は世の中に様々な職業があれど、医師と看護師ほど尊いものはないと感じている。

よく大病院は待ち時間3時間で診察時間が3分とか揶揄される。


しかし、それは仕方が無いのだ。

そういう大病院の多くは今この瞬間に「死」を迎えてしまうかもしれない患者を救おうと懸命な努力をし、
そして最大限の時間を使っている。

僕が緊急病棟に担ぎ込まれた時、そこはいわゆる「3時間と3分」な大病院だったが、そこの医師、看護師のチームワークと対処は見事だった。


(意識が薄れている中で、常に大声で声をかけてもらった。そのドクターに回復した後に会ったが、とても大声を出すような人には見えない紳士だった。それがドクターだ。)

感謝してもしきれない。


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2015年7月5日日曜日

最近よくある特定の国や国民性を擬人化してレッテル貼りをしちゃう件について

ブログの更新が大幅に滞ってしまっていた。

ネタが尽きた。。。


とかそういう訳ではなくて、逆に書きたい事があり過ぎて、書き始めるとありとあらゆる方向に話が飛び過ぎてしまって収集が付かなくなってしまっていた。

何かを伝える為には「Single Minded」でなくてはダメだ。
日本語で言うと、「徹底的に一つのテーマに限定」することが必要だ。

やみくもな散文ではせっかくこのブログを読んでくれている人に何も伝わらず、時間の浪費を強いてしまう。


ということで、僕はブログのドラフトをevernoteに書いてるのですが、ブログとしてポスト出来ないような「散文」が一ヶ月分溜まってしまっていた。

そうやって、一ヶ月分の駄文を改めて読んでいたら、「何が言いたいんだよ、これ?!」みたいな反省とともに、その中から大きなテーマがいくつか見えて来た。

そのウチの一つを今日は書こうと思ってます。

それは「国や、そこの国民性を擬人化して語るのはヤメよう!」ということだ。



僕はここ数年見かけられる、日本の自治体がゆるキャラを作って広報活動する風潮が嫌いだ。


ふなっしーとかクマモンに喧嘩を売るような発言だ。
ただ、どうしてもその土地柄とゆるキャラとの間に何ら関連性を見出す事が出来ない違和感があって仕方ない。

今後の仕事のテーマの一つとして、そういう風潮に風穴を空けたい、という野心を持っているのですが、その話は別に譲るとしよう。


今日のテーマは「ゆるキャラ」をディスるモノではない。。


要するにこういうことです。


ある自治体や都市や国を特定のキャラで括るのは、一瞬分かりやすいが、とても危険な行為だと僕は考えているのだ。

例えば、あなたは「韓国」「中国」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?


最近では随分ネガティブな印象を持つかも知れない。
それは「敵キャラ」みたいな感じだ。

その根本には「反日」「領土問題」だったり「公害」だったり、「旅先でのマナーのヒドさ」だったりするニュースに接した事があるのかも知れない。


もしかすると、実際にそういうネガティブな経験をしたことがあるのかもしれない。

でも、そうやって特定の国や地域やそこに暮らす人々にある「レッテル」を貼る事は、とてもイージーでそして危険なことだと思うのだ。


本来、一個人として存在している人々を安易に括ってしまう事になるからだ。 

大抵、ニュースなどに取り上げられるのは「ノイジーマイノリティ」の人々の声だったりする。
よくある非常識な「クレーマー」とかもその範疇だ。

ノイズを上げれば、マスメディアはそれを拾う。
そしてそれは大概ネガティブな要素を含んでいる場合が多い。
そして拡散していくのだ。

だから、ある特定の国・地域の人々のことを語る時に、そのエッジの立った情報だけで判断して、勝手にキャラ付けしレッテルを貼ったりするのは、大きく判断を間違う事にもなり得るのだ、ということを肝に銘じた方がいいと思うのだ。

先の「ノイジーマイノリティ」に対して「サイレントマジョリティ」という言い方がある。


「モノ言わぬ多数派」だ。


そして、サイレントマジョリティこそが、普遍的で人間的な価値観を国境を越えて共有できる大多数の人々だと僕は感じているのです。
僕は幸い(というか意図的に、だが)、10代から40代の今に至るまで、多くの国をビジネスも含め旅をして、そして多くの国籍の人間と友情を育む機会に恵まれた。


(世界的なサッカー選手だったや中田ヒデ氏とか作家で世界中を旅して周る友人などには遠く及ばないのはモチロンだ。。)

そこで言えるのは、マジョリティを形成する人々の人間的な本質はどこでも大きく変わらない、ということだ。


誰しもが平和を愛し、人に恋をし、夢を持ち、家族を作り、ささやかな記念日をお祝いして、毎日の生活を送っている。

もちろん、土地や文化的背景からの影響や個人が持つ個性の存在は否めない。
それが気質に現れる、というケースは無論ある。


アフリカの奥地やアマゾン川流域に暮らす人々とは接点を持った事が無いから、そういう人達の人間性を語る資格は僕には無い。

僕が言ってるのは、少なくとも近代化を果たして、共有する市場経済の中で生活している外国の人、ということだ。
そういう前提において「何々人だからこうだ」という良くあるキャラ付けやレッテル貼りほど当てにならない物は無い、というの
は事実だ。

例えば、ハワイに暮らすとハワイのローカルの人達の仕事がユルくて、仕事の質が当てにならない、とかいう話を聞く。
一瞬、「だよね!」とか思ってしまう。

ところが、それは彼らが「ユルくて」仕事が甘いのではなくて、「別の価値基準」を持っているから、だと言う事が出来る。


単純にハワイに暮らす「ある個人としての」日本人には「ユルく」見えてしまうだけかも知れない。

僕が同調して「ハワイアンはユルいよな〜」とか発言する理由は実は無かったりするのだ。


少なくとも、僕が接したハワイのプロフェッショナルはきっちり仕事をしていた。

ただ、集団が暮らす中で醸成されたスタンダードに差異が存在しているだけで、「人間性」に差異は無いと思っている。
ましてや、どこの国籍を持つからこういう人間だ、という決めつけなど出来る訳は無いと思っている。






僕には親友と言える韓国人がいる。
世界的に有名な韓国企業に勤めていたが、クリエティブな仕事がしたくてグローバルな広告会社のソウル支社に転職したような男だ。
彼は日本のポップカルチャーをこよなく愛し、日本文化へ深い敬意を隠そうとしない。


また数年前、自分の会社の国際会議が上海で開催されて、僕はそこで小グループで行うワークショップに参加した。
チームメンバーには、上海支社で働く、台湾人と香港人が含まれていた。


(チャイナ本土と台湾、香港は歴史的&政治的な尺度で見れば別の国家であり地域だ。)
ランチの時には、昼間から飲んじまえ、ってことで皆でワインのボトルを空けた。
当時日本では中国の領海侵犯が話題になっていたが、彼らはそんなことは台湾と中国の間では日常茶飯事だと笑っていた。

20代の中盤の頃に長期滞在したクアラルンプールでは、華僑の若手のビジネスマン達と仲良くなった。
夜の会食の際、少し遅れて僕がジョインすると、彼らはそれまで福建語で話していたのを瞬時に英語に切り替えた。

彼らにとって複数の言語を理解し話すのは生まれた時から当たり前のことだと言った。
福建語を話せない人間がグループにいれば、言葉を英語にするのは当然なことなのだ。

上海に拠点を持つクリエイティブディレクターは生粋の中国人だったが、自分の仕事が自国や世界を良くする事を心から信じて仕事に誇りを持っていた。
日本のクリエイターとコラボすることは価値がある事だが、彼らは教育レベルも高いのになぜ英語が苦手なのか、と真顔で聞いて来た。

彼らはニュースで見聞きするいわゆる中国人、台湾人、韓国人とは全く印象が異なっていた。

もちろん、国家間の政治レベルで多くのイシューが存在していることは事実だ。


強制慰安婦問題、領土問題は、典型的な政治イシューだ。

僕は日本の政治家には日本の国益を最優先して活動して欲しいと真に願っているし、期待している。


日本を貶めるような報道をするようなイデオロギーに凝り固まった報道機関が存在しているとしたら、それらを信用することはない。

また僕が出会った海外の友人達が、ごく一部の人達だということも事実だろう。

だからと言って、僕らがそれぞれの土地に住む個々人を政治やイデオロギー的な色眼鏡で見る事を前提にする必要はないのだ。

今は情報統制の時代ではないはずなのに、むしろ自分の目で物事を見て行こう、という空気が薄くなっている気がしている。


少なくともネットやマスメディアからの情報だけを見ていると、特定の団体、国民に対するレッテル張りが横行している気がしてならない。

「ノイジーマイノリティ」から発信された神話を信じる前に、自分の目でモノを見て、そして「サイレントマジョリティ」を形成する人々に実際に出会うことが必要だ。


そして彼らと直接の関係性を持つことが、きっと世の中を良くして行くはずだと、僕は信じている。



2015年6月2日火曜日

過去を振り返る。それも数年じゃない。5万年だ!

現状に行き詰まりを感じたら、過去を振り返ろう。


数年前、とか言うチンケな話じゃない。

そう、5万年前だ!

5万年前に始まった、人類の偉大なる旅の物語に思いを馳せてみよう、というお話だ。


実は、二年前に飛行機の中で読もうと買った本を、こないだの日曜にやっとこさ読んだ。

二年前の機内で、ページをめくりながらビールを数杯飲んだ。

そして、あえなく撃沈されたのだ。

ヒトゲノムとか、ミトコンドリアとか、なんちゃら解析とかの言葉の前にバッチリ寝落ちしてしまった。。


機内で気楽に読むような本じゃなかった。


気が付いたら飛行機は着陸態勢に入っていた。
空気圧の変化で耳が痛くなって目が覚めた。

分厚いし、クラスターU5とかサン族とヘレト族の紛争とか対立遺伝子みたいな記述のオンパレードで、これは日本語なのか?みたいな感じだった。


なので、いっそのこと、処分してしまおうか考えていたのだ。

で、日曜日。
ランニング後の爽やかな気分に惑わされて気合いを入れて読んでみた。

これでダメなら、ブックオフ行きだ、とか考えていた。

結果、やはり面白かった。

専門的な言葉のほとんどは全て記憶にないので、どうか聞かないで欲しい。


記憶力のテストの為に読んだのではないのだ。

それでも充分過ぎる示唆をゲットすることが出来た。


今地球上にいる人類はたった一人の女性から始まった。


というのは誤解を招く。
たった一人では本当はない。

きっと彼女のミトコンドリアDNAが全ての現世人類の女性のDNAに記録されている、と言う方が正しいのだろう。

ミトコンドリアDNAは女性から女性へと継承される。
男ではない。


彼女をサイエンティスト業界では「ミトコンドリアイブ」と言う。

これは聞いた事がある人も多いかもしれない。ちょっと前にBBCかどこかがドキュメンタリーを作っていた。


約15万年ほど前にアフリカに実在した、この女性の話を聞いた時は、興奮した。

壮大過ぎる。
そして感動した。

国境を隔てた紛争に意味がない、と思えたからだ。


どうしても年間のフィーの契約書に難癖をつけてサインしようとしないクライアントに腹が立っても、落ち着く事が出来た。

争いごとなんてヤメようぜ。
そもそも、俺たちはイブの子じゃないか!
さぁ、兄弟、サインしておくれ!


カップヌードルが前にやったキャンペーン「No ボーダー」のコンセプトは正しいのだと実感した。


世界中にいる70億人近い人類共通のお母さんがこのアフリカにいた「イブママ」だったのだ。 

場末のスナックみたいだ。

そうだ、「イブ母さん」と呼ぼう。 

女性のみに受け継がれるミトコンドリアDNAをトラックするとたった一人の女性に行き着く。


なんと壮大でロマンのある話だろう。

ところで、何度も挫折したこの本は、その話からさらに時を経て、人類が偉大なる旅を始めた5万年前のストーリーだ。



ミトコンドリアイブの本はまた別(下のやつ)。そっちは超読みやすい。お薦め。




その旅のメンバーはたった150人だった。


現生人類共通の先祖だ。

何世代もかけて、グレートジャーニーは続く。


幾多の試練を経て、時には絶滅の危機を乗り越えて、一部の人類は、日本に到着したのだ。


もちろん、僕ら日本人の偉大なる祖先だ。

そういう視点で考えれば、

グラビアアイドルも、
満員の地下鉄で臭い息を吹きかけてくるような二日酔いのオッサンも、
誰も彼もが「イブ母さん」で繋がったファミリーなのだ。

歴史の中では特定の民族や宗教にジェノサイドを行った最悪な独裁者が何人もいたが、彼らにこういうべきだ。
「イブ母さんが天国で泣いているぞ!!」と。


とは言え、今でも民族間での争いは絶えない。


「人類皆兄弟。愛が地球を救う」みたいにイノセントな感じには僕はなれそうもない。

飢餓以外でも、そういう宗教上の対立、紛争や戦争みたいな血で血を洗うバイオレンスで淘汰されて来たのも人類の歴史だということにも気が付く。

良い悪いではなくて、事実だ。
この切実なイシューについては別の機会に譲ろう。


一方、そんな大それた話じゃなくて、日々の生活の中ではどうだろう?

やはり、毎日の日々の暮らしの中でも、様々な困難に打ち当たる。

無理難題を吹っかける顧客。
同じ人類とは思えないパワハラ上司。
仕事や私生活での悩み。


もし自分がその渦中にいて、ストレスを抱えてにっちもさっちも行かない状況なのだとしたら。

5万年前のグレートジャーニーに思いを馳せる事は、そこから抜け出すヒントを与えてくれるかもしれない。


自分が弱い人間だ、とか思ってしまったら、アフリカ大陸旅立ってからの5万年を思い起こしてみるべきだ。


ハンパ無く気が遠くなる時間が経っても途絶えなかった自分の中のDNAを思い出せばいい。


相当ハイパーでスーパーなサバイバル遺伝子を誰しもが持っているのだ。



少なくとも、今日までは淘汰されなかった強烈にパワフルな遺伝子だ。


それが、自分の中で息づいていることを実感して欲しい。



一方で、自分の存在は、人類の歴史以上に宇宙の歴史や広大さと比較したら、それこそミトコンドリア以下に小さい存在だ。

自分が抱えている問題なんて、さらにちっぽけだ。


だから、自分の今の現状も偉大なる旅の過程にあると想像してみよう。


実際に、そうなのだ。 

僕らは、まだまだ人類のグレートジャーニーの途中にいるのだ。


さらなる5万年の旅のスタートに僕らは今立っていることを実感してみよう。

自分の存在が奇跡に近いことを思い出してみるのだ。

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