Koy's blog

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2015年7月9日木曜日

日本の夏。中年の夏。そう「恋は、遠い日の花火ではない」のだ。

伊勢丹新宿店本館のビアガーデン「夜空ノ庭」がいい感じみたいだ。

僕が尊敬して止まない先輩が経営する会社が運営しているということで、その存在を知った。

そのテーマは「和」だ。

わしくはこちらにリンクを貼っておこう。

色んなイベントがあるようで、その中でも僕の目を引いたのは


「日本の夏、日本の恋」
というキャッチがついた「浴衣イベント」だった。




これのリンクはこっち。。

大きなお世話だが、このキャッチコピーが「日本の恋」だけだったら、全く意味不明だったろう。

この言葉の前に今までキンチョーが独占していた「日本の夏」をバシッとくっつけることで、俄然コピーとしての情緒が高まっているのだ。

夏、浴衣、和なビアガーデン、そしてほろ酔い気分。
そして、かすかな恋の予感。

まさにニッポンだ。
ニッポンの夏だ。
ニッポンの花火だ。

控えめなのに、情熱を奥底に秘めたニッポン情緒にあふれたひと夏への思いが伝わって来る。


まるで肌の露出が少ないのに色気漂う浴衣の女性のようだ。

夏のフロリダのビーチで、セクシーな女子大生達が薄いTシャツに水をかけられて「ヒーハー」「ヒャッホイ」と繰り広げられるウェットTシャツコンテスト。。


みたいなアグレッシブさからはまるで遠い。


濡れて透けた胸元を大胆に見せびらかすウェットTシャツ vs. 胸元のあわせをスッと直すしぐさが小粋な浴衣。


僕の好みは、もちろん・・・。両方だ。

そして、花火は夏の恋のメタファーだ。


儚く散る運命にあるけれど、パッと真夏の夜空にひと夏の夢を描くのだ。

きっとその恋は、成就することがあってはならない。
一瞬の幻であって欲しいのだ。

桑田圭祐が歌う夏の恋の歌も大抵「ひと夏」で終わっている。

厳しい冬をとても越えられないような、短命かつ儚く脆く、そして情熱的なものであって欲しいのだ。

だからこそ、切なく、記憶に残り、また巡って来る夏への想いが募ってくるのだ。

ところが、歳を重ね、いつしか、ひと夏の恋は、遠い過去のイベントとなる。

そして思うのだ。
「あの頃は良かった」と。


この「日本の夏、日本の恋」そして「夜空ノ庭」というひと夏のイベントを聞いた時、僕が思い出したのはひとつの秀逸なコピーだった。



「恋は、遠い日の花火ではない。」


Credit: サントリー オールド広告ライブラリー


サントリーオールドの20年も前のCMの名コピーだ。


小野田隆雄氏という広告界の大御所であり希代の名コピーライターのコピー。


告白すると、当時20代前半だった僕には全くもって意味の分からない物だった。

このコピーは当時もかなり話題になった。


支持したのは、当時50代手前の団塊の世代の人達だったと思う。


彼らが商品のターゲットでもあった。

CM自体も、中年の星、長塚京三さんが出演し、20代の女性から想いを寄せられる設定だった。

さっき、僕には意味が分からなかった、と書いた。

正直に言おう。

「中年のオッサンの夢と幻想」を描いた下らないコピーだと実は感じていたのだった。


若いオネエちゃんから想いを寄せられる中年なんて、幻想以外なんでもないじゃないか!

くたびれたオッサンならオッサンらしく、今の現実を生きてくれ。


いつまでも若いつもりでいながら、俺たち20代の前でオールドを飲みながら説教、自慢話をしないでくれ、とか思っていたのだ。

ところが、自分も50代まであと数年という所まで来て、20年以上も前に見たこの広告のコピーを思い出してしまったのだ。


そしていかに素晴らしい名コピーだったのかやっと理解することが出来たのだった。

40代から50代というのは世間的にはミドルエージクライシス、中年の危機に陥るお年頃だ。


全然若くもないが、リタイヤするほどジイさん、バアさんにもなってない。

かと言って、やみくもに自分の夢や可能性だけを信じて突っ走るのは現実に抱えている物が多過ぎる。

そして、今や自分が何者であるか。
もっと言えば何者でも「無い」というリアリティに気付いてしまった年齢でもある。

それでも、毎日を生きなくてはならない。
せっかく生きるのならポジティブに生きたほうが断然いい。

そういう時に「恋は、遠い日の花火ではない。」は響きまくる。

若き日々に感じたパッションは、決して遠い過去の物ではない。
今、もう一度燃え上がらせることが出来るものなんだ。

そうこのコピーは教えてくれている。


自分の中に、もう一度感じるかすかな灯火。

そのかすかな灯火が、あなたの情熱の炎を再燃させるのかも知れない。

その気配を少しでも感じてみよう。
自分の中の情熱を。
花火のような情熱を。

若かりし日々に一度でも自分の中に「花火」を見たことがあるのなら、ミドルエイジになって見る「花火」の性質はきっとあの頃と違う物だろう。


それが、仮に幻想めいたものであっても、それがどうした!


自分が「何者でも無い」なんて本当か?

あなたは、30年、40年、50年生きて来た自分自身のストーリーを持っているはずだ。

そっちが本当のリアリティだ。


「オレは、ワタシは、他の誰でも無い、自分自身なんだ!
自分の中には、まだ情熱の炎が燃えている」と気付くのは素敵なことだ。

そして、満足げに冷えたビールで喉を潤すのは至福の時間だ。

とここまで書いて、サイトを見てみたら、このビアガーデン、ビールの提供は何とサッポロビールだった!


とういうか、ほとんどサントリーの回し者みたくなってしまった。

サッポロさん、すみません!(汗)
ここはフェアに、サッポロの名コピーで終わりにするとしよう。

そうです、この夏「男は黙ってサッポロビール!」

皆様、よい夏をお過ごし下さい!


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2015年7月7日火曜日

その日は突然に来る。準備は出来ているか?


賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ


有名なビスマルクの言葉だ。

僕は愚か者の代表選手なので、意識して他人の経験(歴史や書物)を頭に叩き入れようと努力している。

そしてそこからのラーニングをなんとか行動につなげようとしている。

それでも、「自身の体験」にまさる「学び」は無いな〜とか思う事が多い。

本は読んだ時だけ、ふむふむと共感し、感銘を受けるものの、恐らく得た知識の10%も身についていないのではないだろうか?

本をいくら読んでも、実際に行動しなくては身に付かないし、ただの乱読は時間の浪費だ、ということも最近分かって来た。

「愚者は基本的に経験から学ぶが、なんとか歴史(他人の経験)にも学ぶ事を意識しよう。」

みたいな感じで意識するしかない。

ところが、唯一自分の経験が活かされないカテゴリーがある。

それは「自分の死」だ。


自分が死んだら一巻の終わりだ。


つまり「死」というものは他人の経験からしか学べない代物なのだ。

しかし、自分の「死」をイメージするのは難しい。

きっと明日もある、とぼんやり思って日常を送っているからだ。

下血して意識を失い、ERに担ぎ込まれて輸血をして何とかサバイブしたような経験を持つ僕ですら、数年経ってしまうと、あの時ほど「自分の死」というものを意識しなくなる。

なんとなく、平均寿命か願わくばそれ以上の人生を全う出来るんじゃないか、という感じで生活している。





そんなのは幻想だ、

と、この若き外科医はこの自著で述べている。


ヒトの「死」は大抵突然に訪れる。


突然、何の前触れも無く、余命を宣告される。

日本でもトップレベルのがん・感染症センターの外科医として忙しく働く彼は、予期せぬ余命を告げられて、動揺し、運命を呪いながら最後を迎える老若男女と現場で接している。


毎日毎日だ。


日常的に人を看取っているのだ。
それも、医師として葛藤を抱えながら。

よく考えなくても一般人にとっては日常を超越した日々だと分かる。


「若造の外科医である自分がなぜ、『死』に関する著書を書こうとしたのか」


彼は自著でこう述べている。

「自分が医者としてのキャリアも浅く『達観』できないからこそ、いちいち傷つき思い悩んだからこそ、感じるものや見えるものがあったのではないかと思っています。」

この一文が彼の初めての著書である本書を説得力のある物にしていると僕は思う。

毎日毎日、人の死に向き合うなんていうのは、この平和な日本で恐らく彼のようながん病棟みたいな所で働く医師と看護師のみなさんくらいだ。

熟練の医師になれば、恐らくそういった現状を受け入れる訓練と言うか、慣れによって自分のメンタルを保つ事が出来るプロになってるはずだ。

彼はまだ8年目だからこそ、非常にピュアな思いで、患者さんの死に向き合わざるを得ないのだ。


そして、自分の経験を通じて、「死」を意識して欲しいと読者に訴えかける。



彼のメッセージはシンプルだ。


「人に死は必ず訪れる。

それも恐らく突然にだ。
だから、今出来る事は今しよう。
明日シアワセになるのではなく、今日シアワセになろう。
その為には少し「シアワセ」になる為のハードルを下げたっていいじゃないか」

と言う風に僕は受け取った。


そして「後悔するように生きろ」とも言う。

(その意味は是非著書で。。) 

最後に、僕は世の中に様々な職業があれど、医師と看護師ほど尊いものはないと感じている。

よく大病院は待ち時間3時間で診察時間が3分とか揶揄される。


しかし、それは仕方が無いのだ。

そういう大病院の多くは今この瞬間に「死」を迎えてしまうかもしれない患者を救おうと懸命な努力をし、
そして最大限の時間を使っている。

僕が緊急病棟に担ぎ込まれた時、そこはいわゆる「3時間と3分」な大病院だったが、そこの医師、看護師のチームワークと対処は見事だった。


(意識が薄れている中で、常に大声で声をかけてもらった。そのドクターに回復した後に会ったが、とても大声を出すような人には見えない紳士だった。それがドクターだ。)

感謝してもしきれない。


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2015年7月5日日曜日

最近よくある特定の国や国民性を擬人化してレッテル貼りをしちゃう件について

ブログの更新が大幅に滞ってしまっていた。

ネタが尽きた。。。


とかそういう訳ではなくて、逆に書きたい事があり過ぎて、書き始めるとありとあらゆる方向に話が飛び過ぎてしまって収集が付かなくなってしまっていた。

何かを伝える為には「Single Minded」でなくてはダメだ。
日本語で言うと、「徹底的に一つのテーマに限定」することが必要だ。

やみくもな散文ではせっかくこのブログを読んでくれている人に何も伝わらず、時間の浪費を強いてしまう。


ということで、僕はブログのドラフトをevernoteに書いてるのですが、ブログとしてポスト出来ないような「散文」が一ヶ月分溜まってしまっていた。

そうやって、一ヶ月分の駄文を改めて読んでいたら、「何が言いたいんだよ、これ?!」みたいな反省とともに、その中から大きなテーマがいくつか見えて来た。

そのウチの一つを今日は書こうと思ってます。

それは「国や、そこの国民性を擬人化して語るのはヤメよう!」ということだ。



僕はここ数年見かけられる、日本の自治体がゆるキャラを作って広報活動する風潮が嫌いだ。


ふなっしーとかクマモンに喧嘩を売るような発言だ。
ただ、どうしてもその土地柄とゆるキャラとの間に何ら関連性を見出す事が出来ない違和感があって仕方ない。

今後の仕事のテーマの一つとして、そういう風潮に風穴を空けたい、という野心を持っているのですが、その話は別に譲るとしよう。


今日のテーマは「ゆるキャラ」をディスるモノではない。。


要するにこういうことです。


ある自治体や都市や国を特定のキャラで括るのは、一瞬分かりやすいが、とても危険な行為だと僕は考えているのだ。

例えば、あなたは「韓国」「中国」と聞いて何を思い浮かべるだろうか?


最近では随分ネガティブな印象を持つかも知れない。
それは「敵キャラ」みたいな感じだ。

その根本には「反日」「領土問題」だったり「公害」だったり、「旅先でのマナーのヒドさ」だったりするニュースに接した事があるのかも知れない。


もしかすると、実際にそういうネガティブな経験をしたことがあるのかもしれない。

でも、そうやって特定の国や地域やそこに暮らす人々にある「レッテル」を貼る事は、とてもイージーでそして危険なことだと思うのだ。


本来、一個人として存在している人々を安易に括ってしまう事になるからだ。 

大抵、ニュースなどに取り上げられるのは「ノイジーマイノリティ」の人々の声だったりする。
よくある非常識な「クレーマー」とかもその範疇だ。

ノイズを上げれば、マスメディアはそれを拾う。
そしてそれは大概ネガティブな要素を含んでいる場合が多い。
そして拡散していくのだ。

だから、ある特定の国・地域の人々のことを語る時に、そのエッジの立った情報だけで判断して、勝手にキャラ付けしレッテルを貼ったりするのは、大きく判断を間違う事にもなり得るのだ、ということを肝に銘じた方がいいと思うのだ。

先の「ノイジーマイノリティ」に対して「サイレントマジョリティ」という言い方がある。


「モノ言わぬ多数派」だ。


そして、サイレントマジョリティこそが、普遍的で人間的な価値観を国境を越えて共有できる大多数の人々だと僕は感じているのです。
僕は幸い(というか意図的に、だが)、10代から40代の今に至るまで、多くの国をビジネスも含め旅をして、そして多くの国籍の人間と友情を育む機会に恵まれた。


(世界的なサッカー選手だったや中田ヒデ氏とか作家で世界中を旅して周る友人などには遠く及ばないのはモチロンだ。。)

そこで言えるのは、マジョリティを形成する人々の人間的な本質はどこでも大きく変わらない、ということだ。


誰しもが平和を愛し、人に恋をし、夢を持ち、家族を作り、ささやかな記念日をお祝いして、毎日の生活を送っている。

もちろん、土地や文化的背景からの影響や個人が持つ個性の存在は否めない。
それが気質に現れる、というケースは無論ある。


アフリカの奥地やアマゾン川流域に暮らす人々とは接点を持った事が無いから、そういう人達の人間性を語る資格は僕には無い。

僕が言ってるのは、少なくとも近代化を果たして、共有する市場経済の中で生活している外国の人、ということだ。
そういう前提において「何々人だからこうだ」という良くあるキャラ付けやレッテル貼りほど当てにならない物は無い、というの
は事実だ。

例えば、ハワイに暮らすとハワイのローカルの人達の仕事がユルくて、仕事の質が当てにならない、とかいう話を聞く。
一瞬、「だよね!」とか思ってしまう。

ところが、それは彼らが「ユルくて」仕事が甘いのではなくて、「別の価値基準」を持っているから、だと言う事が出来る。


単純にハワイに暮らす「ある個人としての」日本人には「ユルく」見えてしまうだけかも知れない。

僕が同調して「ハワイアンはユルいよな〜」とか発言する理由は実は無かったりするのだ。


少なくとも、僕が接したハワイのプロフェッショナルはきっちり仕事をしていた。

ただ、集団が暮らす中で醸成されたスタンダードに差異が存在しているだけで、「人間性」に差異は無いと思っている。
ましてや、どこの国籍を持つからこういう人間だ、という決めつけなど出来る訳は無いと思っている。






僕には親友と言える韓国人がいる。
世界的に有名な韓国企業に勤めていたが、クリエティブな仕事がしたくてグローバルな広告会社のソウル支社に転職したような男だ。
彼は日本のポップカルチャーをこよなく愛し、日本文化へ深い敬意を隠そうとしない。


また数年前、自分の会社の国際会議が上海で開催されて、僕はそこで小グループで行うワークショップに参加した。
チームメンバーには、上海支社で働く、台湾人と香港人が含まれていた。


(チャイナ本土と台湾、香港は歴史的&政治的な尺度で見れば別の国家であり地域だ。)
ランチの時には、昼間から飲んじまえ、ってことで皆でワインのボトルを空けた。
当時日本では中国の領海侵犯が話題になっていたが、彼らはそんなことは台湾と中国の間では日常茶飯事だと笑っていた。

20代の中盤の頃に長期滞在したクアラルンプールでは、華僑の若手のビジネスマン達と仲良くなった。
夜の会食の際、少し遅れて僕がジョインすると、彼らはそれまで福建語で話していたのを瞬時に英語に切り替えた。

彼らにとって複数の言語を理解し話すのは生まれた時から当たり前のことだと言った。
福建語を話せない人間がグループにいれば、言葉を英語にするのは当然なことなのだ。

上海に拠点を持つクリエイティブディレクターは生粋の中国人だったが、自分の仕事が自国や世界を良くする事を心から信じて仕事に誇りを持っていた。
日本のクリエイターとコラボすることは価値がある事だが、彼らは教育レベルも高いのになぜ英語が苦手なのか、と真顔で聞いて来た。

彼らはニュースで見聞きするいわゆる中国人、台湾人、韓国人とは全く印象が異なっていた。

もちろん、国家間の政治レベルで多くのイシューが存在していることは事実だ。


強制慰安婦問題、領土問題は、典型的な政治イシューだ。

僕は日本の政治家には日本の国益を最優先して活動して欲しいと真に願っているし、期待している。


日本を貶めるような報道をするようなイデオロギーに凝り固まった報道機関が存在しているとしたら、それらを信用することはない。

また僕が出会った海外の友人達が、ごく一部の人達だということも事実だろう。

だからと言って、僕らがそれぞれの土地に住む個々人を政治やイデオロギー的な色眼鏡で見る事を前提にする必要はないのだ。

今は情報統制の時代ではないはずなのに、むしろ自分の目で物事を見て行こう、という空気が薄くなっている気がしている。


少なくともネットやマスメディアからの情報だけを見ていると、特定の団体、国民に対するレッテル張りが横行している気がしてならない。

「ノイジーマイノリティ」から発信された神話を信じる前に、自分の目でモノを見て、そして「サイレントマジョリティ」を形成する人々に実際に出会うことが必要だ。


そして彼らと直接の関係性を持つことが、きっと世の中を良くして行くはずだと、僕は信じている。



2015年6月2日火曜日

過去を振り返る。それも数年じゃない。5万年だ!

現状に行き詰まりを感じたら、過去を振り返ろう。


数年前、とか言うチンケな話じゃない。

そう、5万年前だ!

5万年前に始まった、人類の偉大なる旅の物語に思いを馳せてみよう、というお話だ。


実は、二年前に飛行機の中で読もうと買った本を、こないだの日曜にやっとこさ読んだ。

二年前の機内で、ページをめくりながらビールを数杯飲んだ。

そして、あえなく撃沈されたのだ。

ヒトゲノムとか、ミトコンドリアとか、なんちゃら解析とかの言葉の前にバッチリ寝落ちしてしまった。。


機内で気楽に読むような本じゃなかった。


気が付いたら飛行機は着陸態勢に入っていた。
空気圧の変化で耳が痛くなって目が覚めた。

分厚いし、クラスターU5とかサン族とヘレト族の紛争とか対立遺伝子みたいな記述のオンパレードで、これは日本語なのか?みたいな感じだった。


なので、いっそのこと、処分してしまおうか考えていたのだ。

で、日曜日。
ランニング後の爽やかな気分に惑わされて気合いを入れて読んでみた。

これでダメなら、ブックオフ行きだ、とか考えていた。

結果、やはり面白かった。

専門的な言葉のほとんどは全て記憶にないので、どうか聞かないで欲しい。


記憶力のテストの為に読んだのではないのだ。

それでも充分過ぎる示唆をゲットすることが出来た。


今地球上にいる人類はたった一人の女性から始まった。


というのは誤解を招く。
たった一人では本当はない。

きっと彼女のミトコンドリアDNAが全ての現世人類の女性のDNAに記録されている、と言う方が正しいのだろう。

ミトコンドリアDNAは女性から女性へと継承される。
男ではない。


彼女をサイエンティスト業界では「ミトコンドリアイブ」と言う。

これは聞いた事がある人も多いかもしれない。ちょっと前にBBCかどこかがドキュメンタリーを作っていた。


約15万年ほど前にアフリカに実在した、この女性の話を聞いた時は、興奮した。

壮大過ぎる。
そして感動した。

国境を隔てた紛争に意味がない、と思えたからだ。


どうしても年間のフィーの契約書に難癖をつけてサインしようとしないクライアントに腹が立っても、落ち着く事が出来た。

争いごとなんてヤメようぜ。
そもそも、俺たちはイブの子じゃないか!
さぁ、兄弟、サインしておくれ!


カップヌードルが前にやったキャンペーン「No ボーダー」のコンセプトは正しいのだと実感した。


世界中にいる70億人近い人類共通のお母さんがこのアフリカにいた「イブママ」だったのだ。 

場末のスナックみたいだ。

そうだ、「イブ母さん」と呼ぼう。 

女性のみに受け継がれるミトコンドリアDNAをトラックするとたった一人の女性に行き着く。


なんと壮大でロマンのある話だろう。

ところで、何度も挫折したこの本は、その話からさらに時を経て、人類が偉大なる旅を始めた5万年前のストーリーだ。



ミトコンドリアイブの本はまた別(下のやつ)。そっちは超読みやすい。お薦め。




その旅のメンバーはたった150人だった。


現生人類共通の先祖だ。

何世代もかけて、グレートジャーニーは続く。


幾多の試練を経て、時には絶滅の危機を乗り越えて、一部の人類は、日本に到着したのだ。


もちろん、僕ら日本人の偉大なる祖先だ。

そういう視点で考えれば、

グラビアアイドルも、
満員の地下鉄で臭い息を吹きかけてくるような二日酔いのオッサンも、
誰も彼もが「イブ母さん」で繋がったファミリーなのだ。

歴史の中では特定の民族や宗教にジェノサイドを行った最悪な独裁者が何人もいたが、彼らにこういうべきだ。
「イブ母さんが天国で泣いているぞ!!」と。


とは言え、今でも民族間での争いは絶えない。


「人類皆兄弟。愛が地球を救う」みたいにイノセントな感じには僕はなれそうもない。

飢餓以外でも、そういう宗教上の対立、紛争や戦争みたいな血で血を洗うバイオレンスで淘汰されて来たのも人類の歴史だということにも気が付く。

良い悪いではなくて、事実だ。
この切実なイシューについては別の機会に譲ろう。


一方、そんな大それた話じゃなくて、日々の生活の中ではどうだろう?

やはり、毎日の日々の暮らしの中でも、様々な困難に打ち当たる。

無理難題を吹っかける顧客。
同じ人類とは思えないパワハラ上司。
仕事や私生活での悩み。


もし自分がその渦中にいて、ストレスを抱えてにっちもさっちも行かない状況なのだとしたら。

5万年前のグレートジャーニーに思いを馳せる事は、そこから抜け出すヒントを与えてくれるかもしれない。


自分が弱い人間だ、とか思ってしまったら、アフリカ大陸旅立ってからの5万年を思い起こしてみるべきだ。


ハンパ無く気が遠くなる時間が経っても途絶えなかった自分の中のDNAを思い出せばいい。


相当ハイパーでスーパーなサバイバル遺伝子を誰しもが持っているのだ。



少なくとも、今日までは淘汰されなかった強烈にパワフルな遺伝子だ。


それが、自分の中で息づいていることを実感して欲しい。



一方で、自分の存在は、人類の歴史以上に宇宙の歴史や広大さと比較したら、それこそミトコンドリア以下に小さい存在だ。

自分が抱えている問題なんて、さらにちっぽけだ。


だから、自分の今の現状も偉大なる旅の過程にあると想像してみよう。


実際に、そうなのだ。 

僕らは、まだまだ人類のグレートジャーニーの途中にいるのだ。


さらなる5万年の旅のスタートに僕らは今立っていることを実感してみよう。

自分の存在が奇跡に近いことを思い出してみるのだ。

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2015年5月28日木曜日

真に自由人になる為に。流派とか派閥的な概念を吹っ飛ばそう!

君はどっち派?


今日、広告業界の尊敬する先輩がフェイスブックに面白いポストを上げていた。

今,広告業界にはブランド派とダイレクト派の二大流派が存在している、というような内容だった。

それはきっと事実だ。

ブランド派というのは、主にCMなどに代表される動画コンテンツやストーリーで長期に顧客との関係性を創造するもの。


ダイレクト派というのは、古くはダイレクトメール、ちらし、今はネットを中心に、潜在顧客の購買行動に直結するようなアクションをシンプルに促すもの。

「ダイレクト派」は物が売れない時代にあって悠長に「ブランディング」をやっているうような、クリエイティブを否定する論調もあるように思う。

一方で、「ブランド派」は、情緒のかけらもないような、「これにお困りなら是非クリック!」みたいな、取りあえずナンパしてデート出来そうな女の子の電話番号をなるべく数多くゲットするような(リストの獲得)みたいなノリに一種の違和感(古い人になると嫌悪感すら!)を覚えている。


要は、どっちも相容れず、ポーカーフェイスで互いをディスってるのが今の広告業界だ、みたいな感じなんだろう。


僕は、そのポストに対して、


そもそも、目的、戦略によって手段が異なるだけ。

両派があったとして、双方がディスり合うのは、双方とも広告を分かってない。
広告は手段であって思想ではない。
双方使い分けるのが賢いクライアント。」

というような偉そうなコメントを残したのだ。

要するに、広告を手段とする誰か(主に広告主)が主体性を持って、自社のサービスや製品のプロモーションを図っていく、というサバイバルな状況では、どっち派みたいな議論は意味をなさないと思ったからだ。




そういう事を、考えていて、この議論は何かに似てるとずっと感じていた。


それが、仕事が終わって自宅でゆっくりワインを飲んでいたら「ああ、これか」と気付いたのだ。


それは、「会社員」で行くか「起業(自営・フリーランス)」で行くか、二者選択みたいな議論に似ていると思ったのだ。

会社員 vs. 起業家・自由業連合といった対立するような議論だ。


君はどっちを選ぶ?みたいな。

社畜vs.自由、とか表現されるケースもある。
安定志向vs.リスクテイキング、みたいな。

僕もそういう究極の二者選択の中で、サラリーマンを辞め、自営、フリーの道を選んだ、という気分になっていた。


アタマの片隅では、「起業家・自営・フリー」の方が何となく、頑張ってて、自由を求める為にリスクを取った崇高な冒険者みたいなイメージを持っていたのかもしれない。



でも、それって本質の議論ではきっと無いはずだ。



前にブログでも書いたけれど、僕自身も表面上の「枠組み」に無意識にこだわり過ぎていたのではないか、と気付いたのだ。

自分がかつて所属していたような大企業と対比して今の自分はスモールビジネスだと定義したり、飲みトークなシチュエーションでの発言がアンチサラリーマンになっていたり。

最初にあげたブランドかダイレクトか、という議論に似ていると感じたのだ。

最近、一代で上場企業を築いた先輩に言われたような


「自分でスモールビジネスとか『枠』を決めるな。ビジネスに大も小もない」

という言葉に最近響いたばかりだったからなおさら、二軸な議論に違和感を憶えたのかも知れない。


そういう「何とか派」とか「サラリーマンかフリーか」みたいな議論は実はきっとどうでも良いのだ。



確かに自分の専門性を磨く、という意味で敢えて定義するのには充分意味があるだろう。


(前述の先輩のフェイスブックポストも、どちらも専門性を持って、ビジネスにあたるべきで、対立するべきものじゃない、というニュアンスを持っていた事は明記しておきたい。)


自分という人間が主体性を持って、自由と責任のいずれも背負っていくような経済的な活動には、大小とか、会社員も自営も起業も、何も関係がない。

全ては手段であり、人生の目的は別にあるし、その時々の戦略によって必要な戦術としての手段や場所を選べば良いだけの話なのだ。


それが真の意味で自由な個人、となるような気がする。
そう考えたら、むしろ人生のオプションが急に目の前に増えて来たような気がする。

何かにこだわっていると、大きなところが見えなくなる。

僕は、自分自身が主体性を持つ事で、自分がどっち派、どっち側、みたいな昔の自民党みたいな派閥の罠に陥るのはヤメようと、考えたのだ。

僕が歴史上の人物で最も尊敬するのは勝海舟だ。



優れた幕臣でありながら、政治家。イケメンでもある。
彼こそ大局を見極めて行動した自由人だ。


彼は幕府側にいながら、最後は維新後の政府側で重要なポストをいくつも兼任して、伯爵にもなった。

勝てば官軍、負ければ賊軍、と言われた時代に日和見と言われた揶揄を下のように一蹴した。

「行いは己のもの。
批判は他人のもの。
知ったことではない。」

実に名言だ。

大局を見据えて、徹底して自分の筋を通し、こだわり抜いて行動した姿に僕は深い感銘を受けるのだった。



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2015年5月24日日曜日

自分の可能性をブーストするにはどうしたらいいのか?

ところで最近、自転車に乗ってますか?


日本でもBike(カッコイイチャリと言う意味)で通勤する人も増えて来た。

昔行った上海はまだ地下鉄工事中で、みんなチャリ(いや、全然 'Bike'って感じじゃなかった)に乗っていた。

10年後に行ってみたら誰も乗っていなかった。
地下鉄が東京みたいに複雑な路線の数になっていた。

今ではむしろオランダとかドイツとかのヨーロッパの都市部にバイカーを見かける。カッコいい。


「自転車に乗る」というのは人生のメタファーとして使われる。

「自転車は止まるとコケてしまう。

だから常に前に進まなければならない。
これは人生と同じ!。
行動する事で安定するのだ!」

みたいな。。。

中にはチャリンコに乗れない、という人がいるかもしれないが、大抵の人は何も考えずに乗れるだろう。


最初は誰にとっても補助無しの自転車に乗るのは困難なチャレンジだった。
(今のチビッコにはストライダーがあるので、イージーに自転車に移行出来るけど。)

それでも、次第に慣れて、スイスイと風を受けて気持ちよく漕げるようになる。


ブレーキングのタイミングも、コーナーの曲がり方も、初めはヨロヨロしちゃうけど、脳からの信号が筋肉にダイレクトに伝わるようになって、何も考えずにどこまでも走れるようになる。

前と後ろに子供乗せているママさんとかは見る人によっては曲芸だ。

それでも、余裕で夕方の街を颯爽と走っている。

これは脳の画期的な作用と言える。

一度体得してしまえば、慣れによって、一々初めから「どう乗るんだっけ」とか考えたりする回路をすっ飛ばして、無意識で行動が取れるようになるということだ。

脳は思考したりする時に、凄まじいほどのエネルギーを消費するので、一度体得してしまえば、脳みそを酷使しなくても行動がオートマティックにパターン化する省エネ作用だ。 


習うより慣れろ、と昔の人は言ったが正しい。
もっと言うと、最初は習って後は慣れろ、が正しい。


これやってみたいっす! Video Credit : Smarter Every Day

だからこそ、この自転車には乗れないはずだ。(最初は)






このリンクの動画を見て欲しい。

自転車のハンドルに細工をして、右に回せば左にタイヤが回り、左に回せば右に、というもの。


つまり、ノーマルなチャリとは真反対な動きをするチャリ。

ほぼ100%の人がその自転車でまともに1メートルも進めない。

このヘンテコなチャリが「どう動くか」を知っているのに。

頭で理解していても、幼少の頃に学んで慣れ親しんだノーマルな自転車の乗り方が染み付いているため、うまくコントロール出来ないのだ。

この実験をした彼は、乗れるようになるまで8ヶ月も要したと言っている。


(ちなみに彼の息子は2週間で乗りこなした。子供の脳がいかに柔軟かということを示している。多言語を学ぶには小さければ小さいほど良い、みたいな話もしている。)

Knowledge ≠ Understanding


これがビデオのキーワードだ。

「知識」は「理解」とイコールじゃない、みたいな感じだが、わかりづらい。

「アタマで理解する」のと「カラダで理解する」のは違うんだ、という感じで意訳するしかない。。

(英語はこういう時シンプルだな。。。)

どうハンドルを切れば良いか知識として知っていても、実際に乗ると難しい、とかそういう意味だ。

脳からの信号が筋肉に適切に伝わってないのだ。

自動化されていたプログラムをもう一回リブーストしなくては、アタマとカラダの両方で理解した状態にはならない。

どうやら、一度脳みそが体得した「学びと経験」は「強固な習慣」となって、新たな学びをモノにする上ではバリアになっているのだ。。 

もっと言うと、講義でいくら勉強しても、本をいくら読んで、頭の中に知識が増えても、
それを実践して行動して「なんだよ、全然上手く行かないじゃないか!」みたいな経験をして、それでも愚直に実践を続けないと、最終的に体得は出来ない。


みたいな感じに僕は理解した。

新しいことにチャレンジする時、今までの自分の行動パターンやセルフイメージが強烈に自分を縛っているので、瞬時に自分が変われるなんて夢物語なのかもしれない。

しかも、あまりにも「オートマティック化された日常生活」を送っていると、何が自分の可能性を縛っているかにすら気が付かないかもしれないのだ。


そこをグッと意識して、コケても構わないから知識を行動で実践してみる。何度もトライする。

そうすれば、また新しい脳からの「信号回路」が成長する。

自分の可能性をブーストするには、愚直だけど、きっとコケるけど、それでも前に進もうとする行動が必要なのだ。


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2015年5月20日水曜日

ホノルルトライアスロン。めでたく完走!

この「諦める」ってやつはな、一度やっちまうと厄介な癖になっちまうんだ。

This quitting thing, it's a hard habit to break once you start.


by 映画「がんばれ!ベアーズ」の偉大なる飲んだくれコーチ モーリス・バターメイカー




快晴のホノルルはアラモアナビーチで開催されたトライアスロン。

初挑戦だった。
そして、めでたく完走した。

めちゃめちゃ気持ち良く、そして楽しかった。
苦しいのに楽しい、という経験は今までの人生で経験した事が無い。

最高の気分だった。

タイ式マッサージの痛いけど気持ちイイ、とか言うのとも違う。


とにかく、最後の1マイル、1キロ、これは苦しかった。

前を走る女性のトライアスリートに懸命で引っ付いていった。


彼女の後頭部と背中とお尻が、今でも目に焼き付いている。

最後に追い上げて抜かしてしまおう、とか考えた。
しかし、彼女も最後はペースを上げた。
抜けなかった。

名前も知らない彼女。

顔すら見れなかったけど、僕を引っ張ってくれた彼女に感謝したい。

きっと美人に違いない。
トライアスリートの女性はみな美しいのだ。

今回の参戦で明確に理解した事がある。


それは、「敵は常に自分の中にいる」ということだ。


最初のスイム。

時間が来てスタートエリアに集まった。
人種はバラバラだけど、同じように完走を目指して集まった連中だ。

記録を狙ってる連中もいるだろう。

みんな凄い実力者に見える。

僕は緊張していたが、先にスタートした人達を見ていたら何故か落ち着いて来た。


もう、なるようにしかならない。

とにかく完走すればいい。
そんな心地で一緒にスタートを待つ周りの男どもを見ていた。

彼らとバトルしてレースで競争するのだと思っていた。
敵だと思っていた。


それは完全に間違った考えだった。


トライアスロンというレースは、最初から最後まで「自分との闘い」なのだと、泳ぎ始めた瞬間に理解した。

レースは当然だが一瞬では終わらない。
結構な長丁場だ。

その間、ほぼ無言で泳ぎ、漕ぎ、走る。
無言という事は、いやでも自分と対話する事になる。

もちろん大会に出場する以上、僕の中に「どこかでツラかったらリタイヤしよう」というオプションは無かった。


とにかく前に進み続けるのだ。

それしかない。

それでも、「なんでツラい事をやってるんだ?」「手を抜けよ」みたいな悪魔の声は常に自分の中に存在していたように思う。


僕はとにかく、その声の主をやっつけたかった。

きっと手を抜いて歩いたって誰も文句を言う人はこの神聖な競技会場にはいない。

むしろ、足がつったのかな?オイオイ大丈夫か?と心配してくれるだろう。


僕は、この際自分の中のヘタレな悪魔の声、真の敵をコテンパンにやっつけてしまおうと決めた。

その時、僕の最大の支援者は、同じレースで同じように自分と戦っている仲間と競技者達だと気が付いたのだ。

懸命に前を向いて進もうとしている他の競技者の姿を見て、僕は感動に近い感覚に包まれた。


彼らを見ていたら、自分が前に出るパワーを貰えたのだ。

もしかしたら、僕の姿も誰かにパワーを与えたかも知れない。

心拍数があがり、スイムの腕が上がらなくなって来そうになっても、僕は彼らから与えられたパワーのおかげで多幸感に包まれていた。

最も苦手だったスイムが終わり、バイクに乗った。

楽し過ぎた。


大会の為に通行止めになったアラモアナブルバードを飛ばす。
楽し過ぎて歌を歌いそうになった。

それはかなりクレイジー過ぎるアイデアだと思い直した。

それでも気が付いたら、やっぱりヴァン・ヘイレンのジャンプを口ずさんでしまっていたのだ。

名曲だ。

最後のランはキツかった。
バイクで歌を歌うほど調子に乗ったので、足が思うように上がらない。

レース前に何人もの仲間から注意されていた点だ。

とにかく、前に進もう。

数カ所の給水所で、水とゲータレードをがぶ飲みし過ぎて腹がチャポンチャポンといっている。
両足のふくらはぎがツリそうな感覚がある。

むむむ、超ツラい。

そんな時は、どこまでも蒼いアラモアナビーチを見るんだ!
最高にシアワセじゃないか!
何なの、この感覚?!

絶対に止まるのはヤメよう。
そう心に誓った。

僕が自分の中の敵に勝った瞬間だった。



この写真を撮ったコーチの「スゴいスゴい!あと1キロだよ」の声に心底救われた。
感謝!


とかなんとか葛藤に打ち勝ちながらもヘロヘロで走っていた。
その時、僕の横をさっと抜き去る女性ランナーがいた。
それが前述の選手だった。

何となく、彼女のペースは僕の走りと相性が良いように直感した。
「よっしゃ」と、僕は彼女についていく事に決めた。



ゴール直前。前の選手に必死で付いていった。


参加しているトライアスリートは、敵ではない。
むしろ、お前を引っ張ってくれる同士なのだ。
そう確信したのだった。

人は一人では生きてはいけない。

人生と言う競技の最大の敵は自分自身の中に存在している。
それに打ち勝つには、仲間が、共に競技に参加する仲間が必要なのだ。


そういう事を実感出来たのが、今回の初チャレンジの最大の収穫だった。

世界中の皆がトライアスロンをすれば、世界は平和になるんじゃないか、みたいなことまで考えてしまった。

大会後の打ち上げパーティで先輩に言われた。
「これで、お前もトライアスリートだな!」

それに恥じないように、これからもトレーニングを続けよう。

自分に内在する敵に打ち勝つ事。
それは間違いなく快楽だ。

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